地理的表示

地理的表示とは、地理的原産地に由来し、確立した品質や特性を有する商品(多くは農林水産品およびその加工品ですが、美術工芸品、工業製品なども含まれます)について、その原産地を特定する表示(名称以外に、図形等も含まれます。)です。有名どころでは、「夕張メロン」、「神戸牛/但馬牛」などがあります。多くの地理的表示は地名を含んでいますが、「いぶりがっこ」のように、地名は含まなくても生産地がある程度想起できるものも、地理的表示として保護される場合があります。


地理的表示は、法令や条約で知的財産権の1つとして保護されています。例えば、WTO(世界貿易機関)の加盟国は、WTO設立協定の附属書であるTRIPS協定により、地理的表示を知的財産権として保護することを義務付けられています。同協定は地理的表示の保護に関する最低限の基準(ミニマムスタンドー度)を定めており、国内法などでより高い水準の保護を図る国や地域も存在します。 最低限の基準として協定に定められている規定を大雑把にまとめると下記のとおりです。欧州諸国のワインの産地表示に対する強いこだわりを感じさせる規定ぶりです。


  • ワイン、蒸留酒以外:産地について公衆を誤認させるような使用の禁止
  • ワイン、蒸留酒:公衆の誤認の有無を問わず異なる生産地の産品についての使用の禁止


話変わって、名称の保護に関する知的財産制度として商標制度がありますが、地域の共有財産である地理的表示は、個人による独占を前提とする商標制度にはなじまない側面もあります。また、地理的原産地に由来する確立した品質・特性も併せて保護したいというニーズにも商標制度では対応しがたいという問題もあります。 そこで、構成員に使用させるための商標について生産者団体などの特定の団体に対し登録を認める団体商標制度(日本では団体商標に加え、地域団体商標という制度が設けられています)や、品質を証明する団体に対し登録を認め、定められた基準に適合する商品の生産者などに、品質などのお墨付きを与えた上で使用を認める証明商標制度(アメリカなど)といった特別な制度を設けた上で、商標制度の枠組みの中で地理的表示を保護するという方法を取る国や地域が存在します。


一方、ヨーロッパのワインに代表されるように、長い歴史を有し、その地域の地名を関するだけで価格が数倍にも跳ね上がるような伝統的産品を擁する国や地域も存在します。ボルドー、ブルゴーニュなどの高級ワインの生産者にとって、他産地のワインや低品質のワインにこれらの地名を冠することは許しがたい行為でした(今もそうですね)。そうなると、たとえば「ボルドー」を名乗ってよいワインの条件を定義する必要があります。生産地、原料、生産方法、品質の確認方法などなど、様々な条件がありますが、誰がどうやって決めるのかというのも問題になります。裁判による決定、行政による決定など紆余曲折を経て(お上の決定に反発した生産者による暴動なども起こったとか)、地域の生産者が合意の上、産地や生産方法、品質基準などを定め、名称と一緒にそれらの基準をまとめた書類を提出し、審査を経て登録という制度の形が出来上がりました。フランスワインのAOC制度がその最古の例の1つです。その後、イタリアなどでも同様の制度が創設され、チーズなどにも対象が拡大され、欧州連合でも農林水産品、それらの加工品である食品などについて同様の枠組みの地理的表示の登録保護制度(PDO、PGIなど)が創設されました。このような制度を商標とは違う独自の保護制度ということで、sui generis型の制度と呼ぶこともあります。


欧州からの移民を祖先に持つアメリカやオーストラリアなどのいわゆる新大陸国家は、祖先が移住前に住んでいた土地の地名を使っていることもあるため、自分たちの祖先の土地の地名が欧州で保護されることへの危機感や反発もあるようです。パルメザンチーズ(元祖はイタリアのパルミジャーノ・レッジャーノです)のように、アメリカの大手食品メーカーが大量生産を経て世界ブランドにしたと自負している製品もあるため、地理的表示の保護のあり方を巡る対立はなかなかに深いものがあります。


日本では、2015年に「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」が制定され、sui generis型の登録保護制度がスタートしました。